エイズの予防啓発願った歌がアフリカで大ヒット 山田耕平さん(元JICA青年海外協力隊員)
エイズウイルス(HIV)への感染率が人口の14.4%に上るアフリカ南東部のマラウイ共和国。大学卒業後、国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員としてこの国に渡った山田耕平さんは、現地でエイズウイルス(HIV)の猛威を目の当たりにし、予防啓発の願いを自作の歌「ディマクコンダ(愛してる)」に託します。歌詞はカップルが互いのことを愛するがゆえに、エイズ検査とカウンセリングを実施する施設VCT(※)へ行くというストーリーです。地元で人気のミュージシャンに作曲を依頼し、CDとミュージックビデオを自主制作したところ、歌は大評判に。音楽番組でヒットチャート1位を記録し、レコード大賞にもノミネートされました。12月1日は世界エイズデー。帰国後もHIV/エイズの予防啓発とアフリカのプロモーションを続けたいと話す山田さんにインタビューしました。

※VCT Voluntary counseling and test(自発的カウンセリングと検査)のこと。エイズについての知識を聞いた後に検査を受け、陽性の場合カウンセリングを受けられる。検査のみでなく、これら一連のプロセスがセットになった施設がアフリカでは主流。

現地の子どもたちと

Q なぜ(HIV/エイズの予防啓発を)歌で伝えようと思ったのですか?
A マラウイには、青年海外協力隊の村落開発普及員という仕事で行って、農業省の農業普及場で働いていました。そこで、住民が亡くなる大きな原因がエイズだと知りました。日本では、家族や友人がエイズで亡くなる例はまだ少ないですが、マラウイでは被害が目に見える形で出ている。僕が仲良くしてもらっていた人事課の職員は、毎日のように葬式の事務処理をしているし、フィールドのミーティングに全く来ない人は、理由は身内の葬式でした。周りが次々に感染していくなか、エイズについては意識せざるを得ない状況で、僕は自分に何かできることはないかと考えるようになったんですね。そしてある日、歌を作りたいと思いました。メディアで流れるニュースはそのときのインパクトはあっても、時間がたつとすぐに忘れてしまう。でも、歌と踊りは生活に根づいているし、みんな大好き。そんな彼らに歌で伝えたら面白いかなと、ふと思ったんですね。作詞は初めてでしたが、イメージがぽっと浮かんで1日でノートに書き上げました。感染はカップル間での性交渉によるものが最も多く、ほとんどの場合、自分がHIVに感染していることを気づかずにうつしている。それなのに、偏見は根強く、検査に行かない人が多い。自分だけの問題でなく、パートナーの問題でもあるのだから、勇気を持って検査に行ってほしい。「愛するパートナーのために検査に行こうよ」というメッセージを伝えたいと思いました。

村落開発普及員として活動する山田さん

Q 歌は、地元の音楽番組でヒットチャート1位になったそうですね。
A
英語で書いた歌詞を地元のミュージシャンであるムラカ・マリロにチェワ語(現地の母国語)に訳してもらい、曲もつけてもらいました。彼の曲はどこでもかかっていて、みんな大好きだから、どうしても彼に曲を作ってもらいたかった。最初、僕が歌おうと思ってはいませんでしたが、彼が「君が書いた歌詞だし、君が伝えたいメッセージなのだから、君が歌うべきだ」と言われて、僕が歌うことになりました。いい曲ができたので、ノートパソコンに同じ協力隊員と自主制作したミュージックビデオを落とし込んで、それこそ門番のおじさんからそうじのおばさんまで、会う人会う人に紹介してまわりました。うわさが広まり、人気音楽番組を手がけるテレビプロデューサーからも「すばらしい」と言ってもらえました。そのうち、CDは発売していないのに、ラジオでもテレビでも毎日流してくれるようになったんですね。ただでさえ日本人は目立つし、みんなフレンドリーなので、「おー、お前じゃないか」「Good job!」「いい曲だね」と、本当にどこへ行っても声をかけられるようになりました。日本では歌の流行の移り変わりが激しいですけれど、向こうでは1年たった今でも僕の曲が流れている。老若男女、世代を超えてだれもが僕の歌を覚えてくれているのは、うれしいですね。ムラカ・マリロのサポートがあってこそできたことです。

山田さん(左)、歌詞の現地語訳と作曲を手がけたムラカ・マリロさん(右)

Q 日本でも活躍が話題になりました。
A 帰国して何らかの形で日本でも発売できたらとは思っていましたが、大手のレコード会社から、などとは全然考えていませんでした。自主制作みたいな形で出せたらと思っていたところ、幸運なことにTBSの報道番組「ブロードキャスター」に取り上げられたのをソニー・エピックレコードの部長さんが見て興味を持ってくださって、日本で発売できることになりました。番組に取り上げられてからは取材がたくさん入って、忙しくなりましたね。CDとDVDの収益金を使って現地にVCTを作りたいと思っています。

Q 歌が思わぬ結果を生みましたね。
A 僕なんかよりHIV/エイズについて詳しい研究者はいっぱいいます。もちろん、アフリカについても。そうだとしても、歌を通してやっているとなると、みんなが注目してくれる。専門家の難しい会議には限られた人しか集まらないけれど、歌は垣根を越えていろんな人に届く。こうやって取材に来てもらえるのも歌の力。音楽は本当にすばらしい力を持っている。ライブは今後もトークと組み合わせるなどしてより多くの人に聞いてもらえるようアレンジしていきたいです。日本では都内在住のアフリカンミュージシャンとバンドを組んでみたいし、アフリカでは南アフリカやケニア、タンザニアで、ズールー語やスワヒリ語バージョンの「ディマクコンダ」を現地のミュージシャンと一緒にセッションしてみたい。実現したらおもしろいだろうと思うことはたくさんありますね。

マラウイの人々の前で「ディマクコンダ」を歌う山田さん

Q これから、どんなことに取り組んでいきたいですか?
A 僕がテーマにしていることは2つあって、アフリカプロモーションとHIV/エイズ予防啓発です。日本のメディアはアフリカをエイズや飢餓、貧困といった側面からしか取り上げないことが多いけれど、僕が見てきたアフリカは、貧しくても人々があったかくて、明るくて、ハッピーで、楽しく暮らしていた。すばらしい自然もある。そういったポジティブな側面をたくさん伝えたいし、その上で、彼らが抱える問題を日本の若者たちと一緒に考えていけたらと思っています。
日本は先進国で唯一エイズウイルスへの感染が増加していて、今では1日3人が感染しているというデータも出ています。性病のまん延、コンドームの消費量低下も指摘されていますし、エイズはもうアフリカだけの話でも、薬害エイズや同性愛者の人たちだけの間の話でもない。本当に一人ひとりの問題だとしっかり伝えたい。そして、僕の話を通して将来、国際協力やアフリカに興味を持ってくれる人が出てくれたらうれしい。講演会で学生たちから「なかなか一歩を踏み出せない」と相談を受けることがあるけれど、力を発揮できることを見つけてやっていってくれたらと思う。偶然が重なってはいるけれど、僕の体験を還元したいと思っているので、伝えられることはこれからも話していきたいです。


山田耕平・やまだこうへい
1979年生まれ。愛知大学現代中国学部卒。2003年12月から青年海外協力隊の村落開発普及員としてマラウイ共和国へ。2005年現地で作詞した楽曲「ディマクコンダ」が大ヒット。その模様を伝えた日本の報道番組を通じて活躍が国内にも知れわたる。今年、米「Newsweek」誌で「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれた。HIV/エイズ予防啓発とアフリカプロモーション活動を目的に「パートナー・オブ・アフリカ」を設立。
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