アフリカの子どもたちに野球を通じて夢を持ってほしい 友成晋也さん(特定非営利活動法人アフリカ野球友の会)
98%のスポーツ予算がサッカーに回るというガーナ。転勤した同国で、野球好きが高じてナショナル野球チームの監督に就任、シドニーオリンピック予選初出場への舵取りをした会社員の友成晋也さん。帰国後はアフリカと日本を野球でつなぐ特定非営利活動法人アフリカ野球友の会を立ち上げました。「チャンスの少ないアフリカの子どもたちに野球を通じて夢を持ってほしい」「1人でも多くの子にバッターボックスに立ってほしい」と語る、代表の友成晋也さんにお話を伺いました。
南アフリカの少年野球チーム
日本へ招へいしたウガンダの少年野球チーム

Q 会を立ち上げたきっかけを教えて下さい。
A 仕事でガーナ事務所に赴任したとき、たまたま野球道具を持っていったことから地元のチームと試合をすることになって、その後、「練習に来ないか」と声を掛けられたのです。大学まで本格的に野球をやっていたのは私だけでしたから、試合での活躍が目立ったのです。それをきっかけにコーチになり、政府から任命状をもらってナショナルチームの正式な監督になりました。1999年9月にはシドニーオリンピック・アフリカ予選に出場して、準決勝まで進みました。そうしたら、アフリカ野球連盟の会長がその努力をすごく評価してくれて、手紙をくれたのです。「ぜひ日本に帰られても、“Friend of African baseball”という会を立ち上げて活動を続けてほしい」と。「アフリカ野球友の会」の名称はそこから来ています。でも、きっかけはそれだけではありません。

Q 他にどんなことがあったのでしょう?
A
帰国間際にガーナ初の少年野球大会が、首都アクラの隣にあるテマで行われました。私は野球を広めた人ということで、始球式に呼ばれて出かけました。暑い日差しの中、500人近い観客が盛り上がっていて、ジーンとしましたね。私たちはガーナで野球を長期的に根付かせるためには、少年野球の育成が必要と、力を入れていたのです。そのとき、ある少年に何気なく「野球の何が好き?」と尋ねたら、「バッターボックスが好き」と言うのです。当然、バッティングが好きなのだろうと思ったら「違う」と。理由を聞くと「バッターボックスに立つ順番は、平等に公平に回ってくる。ぼくはまだ下手だけど、もしかしたらヒーローになれるかもしれない。野球は民主的なスポーツ。だから、ぼくは野球が好きなんだ」という答えが返ってきました。すごく衝撃を受けました。私は仕事でガーナの貧困の現場も見ていますから、彼の言葉の裏にはそう言わざるを得ない現状があることをよく分かっていました。小学校を卒業出来るのは6割くらい。学校に行きたくても、家族のために働かなければならない子も多い。学歴がなければ、いい仕事にもつけない。そんな中、野球では皆にヒーローになるチャンスが巡ってくる。だから彼はそう言ったわけです。学校には行けないけれども、野球は希望を与えてくれる。私はその言葉が胸に刺さって、1人でも多くのアフリカの子どもたちにバッターボックスに立ってほしいと思った。それが会の設立に至った一番の動機です。

Q 友成さんの野球への熱い思いが活動を引っ張っている気がします。
A 今やこれは私のライフワークです。こういう活動を語るにあたっても、バックグラウンドがどうかによって相手に何が伝わるかってあると思うのです。ちょっと野球をやった人が、野球が好きだからやろうよっていうのと、私みたいに野球しかずっとやっていなくてね、野球が好きで仕方なくてというのと。でも、どんな人にも通じる強力なビジョンがあるのが、この活動の強み、だと思っています。私は、大学では日本有数の強豪チームに所属していたけれども、レギュラーはおろか、ベンチにも入れませんでした。学年が上がるごとに新しい1年生が入ってきて、自分の存在感がどんどん低下していく。自分のいる意味って何だろうって考えました。だから今、(野球を通して)アフリカの子どもたちにチャンスを持ってもらうってことが「(大学時代にチャンスが巡ってこなかった)自分と同じじゃないか」って、すごく共鳴するところがあるのかもしれないですね。

Q 活動の今後の目標などありますか?
A 野球の普及というと、野球の道具を集めて送ると思われがちですけれど、与えられた道具で活動していると根付かないので、野球道具を自分たちで作れるような協力をしていきたい。それがひいては野球産業の振興につながって、バットやボールを作る人、グローブ職人とか、野球で飯を食える人が増えてくればいいなと思っています。普及活動と野球産業を担う人を育てることを同時平行でやっていく感じですね。それと、ガーナでもかなり(野球の)うまい人が増えてきていますので、その人たちが教える野球学校を作りたいと思っています。未来の学校のコーチを育てるため、広島カープにお願いしてガーナから引退した主力選手を日本に呼んでもらい、2軍に2カ月間同行してコーチングを学んでもらったこともあります。広島カープとの共同事業で、今後20年くらいのうちに実現出来ればいいですね。

Q 「三角ベースプロジェクト」も、懐かしくてユニークな試みですね。
A 三角ベースはバットもグローブもいらなくて、道具はゴムボールだけ。ルールも野球より簡単で、ボールは手で打ちます。日本では現在30代以上の世代が子どものころ、三角ベースの全盛期だったと思います。ある日ふと、三角ベースならアフリカでも出来るとひらめいて、2004年の9月からアフリカで普及事業を開始しました。一方、日本でも野球人口が減っていると言われています。今の子どもたちは公園でのキャッチボールを禁止されています。チームに入らないと野球が出来ないので、入らない子はルールもわかりません。「昔は、三角ベースが野球に触れるきっかけを子どもたちに与えていたのだと思います。最近、球界関係者にも私たちの活動に関心を寄せてくれる人が増えています。日本国内の普及では、モデル地区として千葉県習志野市で地元の人たちと協力してプロジェクトを始めています。三世代交流ツールとしての三角ベースを改めて広めたい。いずれ機会があれば、都内でも始めたいと思っています。

ザンビアでの三角ベースプロジェクト
ガーナ史上初の三角ベース大会で

Q スローガンは「キャッチボールで世界を平和に」です。
A キャッチボールは正面を向き合ってやるでしょう。個々に肩の強さもボールの投げ方も違うから、「ここは取りづらいかな」とか考えますよね。相手のことをよく見て、自分と相手との距離を測っている。人間関係を象徴していると思うのです。「世界を平和に」って、すごく飛躍しているように思われますけれど、(キャッチボールのように)地道なことを一つひとつ積み重ねていくことが実現への道ではないでしょうか。世界中にキャッチボールが広まり、相手を思いやる心が広まったときに世界に平和が訪れるのではないかと、少なくとも私やアフリカ野球友の会の仲間たちは信じています。

7月、静岡で行われたドリームカップでの集合写真


友成晋也・ともなりしんや
1964年東京生まれ。慶応義塾大学野球部ではベンチ入りも果たせなかったが、小さいころからの野球への情熱は消えず、大学卒業後も草野球を仲間や同僚と続ける。職業は不動産会社勤務を経て、国際協力を専門とする現職に。ガーナ勤務時代に同国初のナショナル野球チームを立ち上げた。帰国後、2003年に特定非営利活動法人法人アフリカ野球友の会を設立(現在、会員220人)。懐かしい三角ベースを活用したプロジェクトなどユニークな野球普及策を打ち出し、日本の球界からも注目されている。特定非営利活動法人の運営とサラリーマン生活を両立中。
『アフリカと白球』(文芸社)友成晋也著
ガーナ初のナショナル野球チームを立ち上げ、オリンピック予選に向けて舵取りをすることになった友成さんの奮闘記。アフリカの若者たちの貧しい現状、文化や習慣の違いを乗り越えるコミュニケーションの重要性、そして、人間らしく生きるために必要なものとは。野球に留まらず、普遍性のあるメッセージを投げかける1冊。1260円。
■国籍も職業も様々。個性豊かな在日アフリカ人による草野球チーム「アフリカオールスターズ」の練習を見に来ませんか? どなたでも歓迎です(明治神宮外苑で実施中)。スケジュールはこちら
■全国各地で大好評の友成さんのお話、講演依頼は随時受付け中です!ご希望の際は、事務局までご相談下さい。

■お問合せ
特定非営利活動法人アフリカ野球友の会事務局
TEL&FAX:03-3530-8089(見込みは晴れ野球)
E-mail:afab@catchball.net


top
れすぱす HOME バックナンバー 東京都国際交流委員会 今月のピックアップ アパートれすぱす れすぱすEYE ONE POINTれすぱす