2018年7月号


毎月1回ウェブ版ニュースレター「れすぱす」を配信しています。L'ESPACE(れすぱす)は、場所・空間・宇宙・間隔と、多岐にわたる意味をそなえたフランス語です。

ルビ入りEnjoy Tokyo らいふ バックナンバー

外国生まれの日本料理 天ぷら

ホストマザーの昌江さんが台所で夕食の準備をしていると、留学生のサラさんが顔を覗かせました。

昌江さん、今日の晩ごはんは何ですか?
サラ
さあ、何でしょう? ここに並んでいる具材を見て、当ててみて。
昌江
エビに白身魚。それから、さつまいも、かぼちゃ、ナス、大葉。もしかして、今夜は私の大好きな天ぷらですか?
サラ
大当たりよ! サラは本当に和食好きね。
昌江
はい!和食は何でも好きだけれど、中でも天ぷらが一番です!
サラ
ところでサラ、和食を代表する料理と言われている天ぷらだけれど、実は外国から伝わってきたものだってこと、知っている?
昌江
いいえ、日本で生まれた料理だと思っていました。
サラ
天ぷらのルーツにはいくつかの説があるけれど、一般的には、今から約450年前、鉄砲が日本に伝来したのと同じ頃に、ポルトガルから伝わったと考えられているのよ。
昌江
えっ、ポルトガルから?
サラ
そう、天ぷらはサラの母国、ポルトガルととても縁が深いと言われている日本食なの。天ぷらという名前も、ポルトガル語で“金曜日の祭り”を意味する「テンポラ」が語源じゃないかと言われているわ。
昌江
そうなんですか?
サラ
金曜日の祭りの期間中は、宗教上の理由から肉を食べることが禁じられ、代わりに魚に小麦粉をつけて揚げた料理を食べる習慣があったことから、キリスト教の宣教師によってこの料理が日本に伝えられ、天ぷらになったと考えられているとか。ほかにも、料理や調味料を意味するポルトガル語「テンペロ」が語源だとする説もあるそうよ。
昌江
昌江さん、ずいぶん詳しいですね! 私、全然知りませんでした。でも、何だか嬉しいです。 ポルトガルと日本が、天ぷらでつながっていたなんて。
サラ
さあ、衣の準備もできたわ。じゃんじゃん揚げていきましょう。
昌江

揚げたての天ぷらが並べられた食卓を、サラさんと昌江さん、そしてホストファザーの努さんが囲みます。

天ぷらが伝えられた頃の日本では、油はとても貴重なものだったんだ。だから、大量の油を使う天ぷらはめったに食べられない料理だった。天ぷらが庶民の間に広まったのは、油の生産量が増えた江戸時代と言われているんだよ。
江戸時代というのは、徳川家の将軍が全国を治めていた時代ですね。
サラ
その通り。当時、江戸の町では、手軽に食事ができる屋台が大変な人気でね。今では高級料理というイメージがある、寿司もうなぎも天ぷらも、初めは屋台料理として広まっていったんだ。
天ぷらは揚げたてを串に刺して、立ち食いするスタイルだったそうよ。
昌江
なるほど、今でいうファストフードですね。
サラ
天ぷらが料亭や専門店で提供され、高級品のイメージがつくようになったのは、今から150年くらい前、江戸時代の終わりから明治時代にかけてのことだと言われている。
ねぇ、サラ。今度、お父さんに、高級天ぷら専門店に連れて行ってもらおうか?
昌江
ううん、いいわ。だって、昌江さんの天ぷらが、私には最高のごちそうだから。
サラ
あはは、それはどうもありがとう。とても嬉しいわ。さあ、話はこれくらいにして、冷めないうちに天ぷらをいただきましょう。
昌江

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