2020年5月号


毎月1回ウェブ版ニュースレター「れすぱす」を配信しています。L'ESPACE(れすぱす)は、場所・空間・宇宙・間隔と、多岐にわたる意味をそなえたフランス語です。

ルビ入りクローズアップ バックナンバー

イクリスせたがや

~ 多言語絵本の読み聞かせを通して多様性を受け入れる心を育む ~

今月のクローズアップは、世田谷区を拠点に活動する「イクリスせたがや」をご紹介します。イクリスせたがやは、言語、文化など多様な背景を持つ人たちを含む、誰もが子育てしやすい地域づくりに取り組んでいるNPOです。「多文化共生子育て情報局」の英訳“Intercultural Child-rearing Information Station”の頭文字をとり、イクリス(ICRIS)と名付けられました。今回お話を伺った代表の𠮷田千春さんと副代表のゴロウィナ・クセーニヤさんは、ともに二人のお子さんを育てる母であり、多文化を背景に持つ家族の子育てに関心を持つ研究者でもあります。外国人のママたちが子どもと一緒に足を運べる場所づくりから始まった活動は、絵本の読み聞かせを通して多様性を受け入れる心を育む活動へと発展しているそうです。

イクリスせたがや
代表の𠮷田さんと副代表のクセーニヤさん。
共同研究をまとめたポスターとともに。

イクリスせたがや設立の経緯をお聞かせください。

イクリスせたがや
多言語絵本の読み聞かせ会が、
現在イクリスのメインの活動となっています。
イクリスせたがや

𠮷田さん

私はもともと外国人留学生の日本語教育に携わっていたのですが、出産・育児をきっかけに、地域で子育てをする外国人ママに目が向くようになりました。私の住んでいた池尻周辺の公園や病院では、外国人ママの姿をふつうに見かけますが、児童館や子育てひろばといった場所で出会うことはなく、私がそうした施設で知り合った外国人ママはクセーニヤさんひとりだけです。そこで疑問に思ったのが、言葉や文化が異なる上に、自分の家族のサポートも得られない外国人ママたちは、いったいどうやって子育てをしているんだろうということでした。その後、子どもが生後8カ月になった頃から大学院で学び始めたのですが、多文化共生論の授業で偶然、私と同じ現役ママと出会い、「外国人ママとその子どもたちも集まれる場を作ろう」と意気投合したことから、2014年にママ友たちと一緒にイクリスを始めました。当初は世田谷区、新宿区、千葉県市川市の三カ所でイクリスを立ち上げ、それぞれが地域の特性に合った取り組みを行っていたのですが、メンバーの転居などもあり、現在も定期的に活動を実施しているのはイクリスせたがやのみとなっています。

クセーニヤさんはどのような想いでイクリスの活動に参加されたのですか。

クセーニヤさん

私はロシア出身で夫は日本人ですから、いわゆる「国際家族」として子育てをしています。𠮷田さんをはじめ、地域で出会ったママ友・パパ友たちとの交流があったおかげで、いろいろと大変なことがあっても、これまで楽しく子育てをしてこられました。けれども、在住歴が浅く、日本語があまり話せない外国人ママにとって、地域の子育て施設に足を運ぶのは簡単なことではありません。そもそも、児童館や子育てひろばといった場があることを知らない人もたくさんいます。私はずっと、日本で暮らす外国人について研究しているのですが、「なかなか日本人とつながることができない。日本人の友だちがつくれない」という声をよく聞きます。そこで、日本人も外国人も一緒に集まることができる環境を、私たちの力で地域につくり出したいと考えました。何かサポートをするということではなく、同じママ友・パパ友として集まり、交流する場がほしかったのです。

これまでのイクリスせたがやの活動について教えてください。

𠮷田さん

最初の2年は、世田谷区国際平和交流基金の助成を受けて、「多文化ファミリー交流会」を行いました。地域で暮らす日本人家族と外国にルーツを持つ国際家族が集まり、情報交換を行う場として、節分やクリスマスに親子で楽しめるイベントを開催したのです。とても盛況だったのですが、規模の大きなイベントゆえに頻繁に開催するのは困難でした。また、見知らぬ人とコミュニケーションを図る交流会は、「ハードルが高い」と感じてしまう人がいるのが難点でした。

クセーニヤさん

そこで私たちが着目したのが、多文化ファミリー交流会の中で行っていた、英語とロシア語による絵本の読み聞かせです。読み聞かせならば、ただその場にいるだけでも楽しい雰囲気を味わうことができますよね。それにイクリスとしては、よくある文化イベントを開催するよりも、来てくれた人たちと心でつながれるような、そんな場づくりがしたいと考えていました。また、日本で暮らす外国人が、自分の国の言葉を聞いたり使ったりできる場をつくりたいという思いもありました。そうして始まったのが、「多言語絵本の読み聞かせ会」です。2016年度から世田谷区子ども基金の助成を受け、年に5回ほど開催しています。

イクリスせたがや
二人の強みは、子育ての当事者であり、
多文化共生の研究者でもあることです。

読み聞かせ会について詳しくお聞かせください。

イクリスせたがや
アート制作などのアクティビティも
親子で一緒に楽しみます。
イクリスせたがや

𠮷田さん

対象を小学校に入学するまでの子どもを持つ国際家族や、多言語・多文化に関心がある日本人家族とし、4カ国語で絵本の読み聞かせを行っています。読み手を務めるのはイクリスのメンバーのほか、参加者の家族や留学生など。毎回テーマを決めて本を選び、それに合わせたさまざまなアクティビティも行います。イベントの最後は、お菓子を食べながらのおしゃべりタイム。さらに時間がある家族にはお昼ごはんを持ってきてもらい、一緒に食べながらゆっくりと時間を過ごすようにしています。

クセーニヤさん

読み聞かせの言語は、日本語・英語・ロシア語を定番とし、あとは中国語・韓国語・フランス語・ドイツ語・タイ語・ミャンマー語・アラビア語・アルメニア語など、さまざまな言葉の絵本を取り上げてきました。言葉がわからなくても、子どもたちは熱心に聞いてくれます。『大きなかぶ』は日本でも人気の絵本ですが、「うんとこしょ、どっこいしょ」という有名な掛け声をロシア語でやると、みんな大喜びでした。絵本の絵柄や色使いに、その国の文化が色濃く表れるのも面白いところです。イベントの際には、その日のテーマに合った絵本を会場にならべて、自由に手に取ってもらえるようにしています。

イクリスせたがや
ロシア語の絵本。『大きなかぶ』の表紙に
描かれているのは黄色のかぶです。

読み聞かせ会をスタートしてから4年、何か変化はありましたか。

イクリスせたがや
多様性をテーマにしたオリジナル絵本、
『きみはだれ?ぼくはだれ?』

𠮷田さん

池尻で活動していた頃は、日本人家族が6割、国際家族が4割ほどだったのですが、活動場所を京王線沿線に移してから、日本人親子の参加比率が大きくなりました。そこで今、読み聞かせ会が目指すところを、広く多様性を受け入れる心を育むことにシフトしつつあります。今年1月の読み聞かせ会では、テーマを「みんないろいろ」とし、雄ペンギンのカップルを描いた絵本『タンタンタンゴはパパふたり』や、スカートが大好きな男の子の人形劇『イリスのたんじょうび』を通して、人の個性や家族の形はさまざまであることを伝えました。初めて読み聞かせ会で、性や家族の多様性を取り上げたのです。
また、メンバーみんなで話し合い「多様性への寛容さ」をテーマにした、イクリスのオリジナル絵本を作りました。私たちの想いを込めて仕上げた絵本を、これからどんどん読み聞かせで使っていきたいと思います。

今後の活動の展開について教えてください。

クセーニヤさん

多言語絵本の読み聞かせ会は、今後も長く続けていきたいですね。これまで参加可能な子どもを未就学児としていたのですが、0歳児と5、6歳の子どもはやはり差が大きいので、2020年度からは小学校低学年までを対象とし、0~3歳の子どもと、それより年長の子どもとを分けて読み聞かせを行っていく予定です。そしていつかは、活動のベースとなる場所を持ちたいですね。誰でも気軽に立ち寄って、絵本を読みながらおしゃべりできるようなイクリス専用のスペースがあることが理想です。でもそれはまだ、夢の段階ですね。

𠮷田さん

私はいま、プレスクールで外国にルーツを持つ子どもたちに日本語を教えているのですが、彼らのママたちに「自分の国の絵本を持ってきてください」と頼んでも、一冊も持っていないことが珍しくありません。私たちはイクリスの活動を通して絵本の持つ力をよく知っているので、さまざまな言語の絵本を必要なところに貸し出す「移動図書館」のシステムを作れたらと考えています。問題は集めた絵本を保管しておくスペースがないことなのですが…。夢物語で終わらせず、いつか必ず実現させたいと思っています。

東京都国際交流委員会

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