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認定NPO法人 ブリッジ エーシア ジャパン
~アジアと日本に心の橋を架けよう~

11月のクローズアップは、認定NPO法人ブリッジ エーシア ジャパン(BAJ)です。
1994年に設立されたBAJは、ミャンマーとベトナムで国際協力活動を行っているNGOです。ブリッジ エーシア ジャパンという名前には、アジアと日本の人たちの間に、相互理解と信頼の橋を架けようという思いが込められています。今回は、理事長の根本悦子さんに、BAJが現地で行っている活動や、私たちができる支援についてお話を伺ってきました。

理事長の根本悦子さん

ブリッジ エーシア ジャパンが設立された経緯を教えてください。


根本理事長のご主人でもある
新石さんの遺稿集

A.創設者の新石正弘は、大学時代からベトナム人留学生の支援をしており、ベトナム戦争の終結後は、ベトナムと日本との貿易を行いながら、ホーチミンのろう学校に米を送るなどの活動をしていました。本格的に支援活動をやろうと、「インドシナ市民協力センター」という名前でNGOを立ち上げたのが1993年。そして、ベトナムの孤児や障害児の支援をしていたところに、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がミャンマーのラカイン州での難民帰還事業に協力する日本のNGOを探しているという話がきたのです。軍事政権下のミャンマーで活動することには賛否両論がありましたし、それまで私たちは途上国に駐在して支援を行うということをやっていなかったので、躊躇もしました。が、結局、我々がやらなければ誰がやるんだということになったのです。そして、ミャンマーで事業を始めるにあたって、名称を「ブリッジ エーシア ジャパン」としました。1994年のことです。

ミャンマーのラカイン州では、どのような活動を行われたのですか。


A.ラカイン州の北部、ミャンマーとバングラデシュの国境付近には、ムスリムの人たちがたくさん住んでいるのですが、1991年から92年頃にかけて、この地域から20万人以上のムスリムの人たちが、難民となってバングラデシュに流失しました。その人たちをミャンマーに帰すために、1994年、UNHCRによる難民帰還事業が始まり、BAJは1995年から本格的に現地で、この帰還事業への協力を開始しました。ラカイン州のマウンドーにBAJ技術センターを作り、帰還民が安定して暮らしていけるよう、機械修理や溶接などの職業訓練を始めたのです。後に、女性を対象とした裁縫訓練なども行うようになりました。

村へ出張して行う裁縫教室/ミャンマー ©BAJ

マウンドーで事業を行う際に心がけたことはありますか。


建設された学校にて笑顔の子ども/
ミャンマー ©BAJ

A.この辺りは、ムスリム、ヒンズー教徒、キリスト教徒、仏教徒、そして少数民族の人たちと、様々な民族が住んでいます。BAJでは、現地でスタッフを雇う際、必ず色々な民族の人たちを入れるという方針でやってきました。言葉も生活習慣も異なる人たちが一緒に働くわけですから、当初は、事務所内で激しい喧嘩になることもありました。しかし、橋を作ったり井戸を掘ったりという事業を始めると、言葉が通じようが通じまいが、とにかく協力し合わないとうまくいきません。そうしているうちに、民族や宗教が違っても、協力するということが非常に重要だと理解してもらえるようになるのです。緒方貞子さんが「民族の融和に必要なのは、ひとつは教育。もうひとつは、同じ職場で協力し合わなければ成り立っていかない状況を作ること」とおっしゃっていましたが、まさにその通りだと思います。10年以上働いているローカルスタッフが、「自分はムスリムだけど、体の中にはBAJの血が流れている」と言ってくれた時は、本当に嬉しかったですね。

マウンドーでの橋の建設は、どのようにして始まったのですか。

A.マウンドーは、年間6000mlもの雨が雨期に集中して降るという大変な豪雨地帯です。橋があっても洪水で流されてしまっていて、難民を村に帰そうとしても車が通れる道がない。じゃあ、橋を作ってしまおうということで、ヤンゴンから橋の専門家に来てもらい、あとは村の人たちから希望者を募り、座学と実地で学びながら作業をしてもらいました。技術を学ぶことが、その後の彼らの雇用にもつながるからです。こうして難民の人たちを帰すために作った1本の橋がきっかけとなり、その後も橋を作り続けることになりました。

新しくできた橋を渡る村人たち /ミャンマー ©BAJ

ミャンマーの別の地域で、井戸の掘削事業も行われていますね。


A.マウンドーで橋を建設していたことから、BAJには技術力があると思われたのでしょう。ミャンマー政府から要請があって、ミャンマー中央部の乾燥地域で井戸を掘ることになりました。この辺りは、年間に600mlほどしか雨が降らず、水は金よりも重いという言葉があるくらい、みな水を得ることに苦労しています。ここで井戸を掘るときも、ローカルスタッフや村の人たちに技術移転をしながら作業を進めています。BAJがいなくなった後でも、彼らだけである程度の修理はできるようにしておかなければならないからです。

井戸ができて喜ぶ子どもや村人たち/ミャンマー ©BAJ

ミャンマーで活動するには、色々な難しさがあるのではないでしょうか。

A.ミャンマーという国で活動するのは、本当になかなか大変です。例えば、ミャンマー南部のデルタ地帯はサイクロンのコースにあたっていて、2010年にも「ギリ」というサイクロンによる大きな被害が出ているのですが、ミャンマー政府が報道規制をしたため、日本でまったく知られず、緊急支援のための資金を思うように集めることができませんでした。これから少しずつでも、変わっていってほしいと願っています。

サイクロン時に村人の避難所になるように
設計した学校を建設/ミャンマー ©BAJ

ベトナムではどのような活動を行われているのですか。


子どもたちによるゴミ分別活動/ベトナム ©BAJ

A.2001年に日本国際協力銀行から、ごみに関する調査の委託を受けたのがきっかけで、貧困地域で生活環境の改善活動を行うようになりました。ごみの収集がないスラムでは、何でも川に捨ててしまうような状況だったので、まずは「お料理コンテスト」を開催し、コンテストの最後に、1回の料理でどれだけのごみが出たかを実際に見てもらいました。そして、これを捨ててしまうとどうなるかを説明し、これからはごみを分別して捨てましょうとごみ箱を配ったのです。みんなで集めたごみを買取人に売ると、一軒ではたいしたお金になりませんが、地域でやるとそれなりの金額になって、街灯や公共トイレを作ることができました。そうしてみんな、ごみの分別に協力するようになっていったのです。

子どもたちもごみの分別収集を行っているそうですね。

A.リーダー役の大きな子から小さな子まで、7~8人のチームを作って、どういう順番で回ろうかとか、鐘を鳴らそうとか、色々自分たちでアイデアを出しながらやっていますよ。ごみというのは捨ててあると、またそこにどんどん捨ててしまいますよね。でも、子どもたちがこんなことを言ったんです。「僕たちがきれいにすると、誰もごみを捨てていかないよ」。それは、本当に子どもたちの実感から出た言葉だと思います。

地図を見ながら今日の活動について相談中/
ベトナム ©BAJ

貧困地域で行っているそのほかの支援について教えてください。


元気いっぱいの子どもたち/ベトナム ©BAJ

A.ベトナムは日本と同じように塾が盛んなので、塾に通うことのできない貧困地域の子どもたちのために、大学生のボランティアを募って、放課後に1時間くらい、勉強を見たり宿題を手伝っています。子どもの成績が上がってくると、教育に関心のなかった親の意識も変わり、貧困地域から高校に進学する子が出るまでになりました。また、小額の融資を行うマイクロクレジットも行っています。一軒一軒、足を運んで家計の調査をし、様々な生活相談にも親身に応じるローカルスタッフたちには、感服させられます。

ベトナムでは環境教育にも力を入れているそうですね。


A.ローカルスタッフが環境教育の先生になり、中学校で環境クラブを作って、色々な活動をしながら環境について学んでいきます。環境活動に参加しているベトナムの子どもたちを日本に呼んで、小学校の子どもたちと交流してもらうということもしました。言葉が通じないのに大丈夫かなと心配だったのですが、子ども同士は「一緒に遊ぼう!」と、あっという間に仲良くなってしまいました。こうした体験をしたベトナムの子どもたちにとって、日本は特別な国になると思うんです。彼らが大人になった時、それが何らかの形で日本に還ってくるのではないでしょうか。子どもたちの交流は、是非またやりたいですね。

子どもたちと理科の実験/ベトナム ©BAJ

日本でBAJへの支援の輪を広げるために、様々な企画をされていますね。


A.古着を集めて送ってもらうとリサイクル業者に買い取られ、その収益がミャンマー、ベトナム、東北の支援にあてられる、「フルクル」というプログラムを始めました。ミャンマーでの土木系の支援など、BAJは活動の内容が硬いので(笑)、親しみやすく、誰でも気軽に参加できるようなことをやっていかなければと思っています。東京の若いスタッフたちが知恵を絞って、ジェルネイルやお料理のイベント、ぬりえコンテストなど色々と企画をしており、最近のBAJさんは楽しそうですね、と言っていただけるようになりました。

 

ぬりえコンテストに寄せられた作品/日本 ©BAJ

最後に、読者へのメッセージをお聞かせください。


A.私たち日本人の生活は、今や日本だけでは成り立っていきません。そして、皆さんにも協力できることはたくさんあります。例えば、古着を送るということだけでも、私たち日本人の気持ちを届けることができると思います。少しでも関心を持っていただき、できる範囲で協力していただけたら嬉しいです

ベトナムの子どもたちから送られてきたメッセージ ©BAJ

今年の冬のキャンペーン(11月~1月)について、スタッフの大須さんに伺いました

今年のテーマは「子ども」です。東日本大震災が起きたとき、BAJが支援活動を行っているベトナムの子どもたちが応援のメッセージを送ってくれたり、ミャンマーの人たちが村で貯めていたお金を寄付してくれたりしました。国際協力は日本が一方的にやっているのではなく、私たちが助けられる場合もあります。世界のみんなと私たちはつながっているんだよ、というようなキャンペーンにしたいですね。また、これからはフルクルのように家にあるものを使って参加できること、書き損じハガキや未使用切手など身近にあるもので簡単に支援できる方法を色々とご提案していきたいと思います。ぜひご協力ください。

「東京発!復興応援ボランティア」ベトナムから送られてきたメッセージの展示ボードを作成しました。 ©BAJ

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